賃貸物件の住み替えを検討するときに、気になるのが「退去時の費用」です。「部屋に汚れや傷をつけてしまったけれど、修繕費用は請求されるの?」と不安に思う人も多いことでしょう。
結論から言うと、すべての汚れや傷の修繕費用を入居者が負担しなければならないわけではありません。ポイントは、それが「経年劣化によるものなのか」それとも「原状回復義務の範囲にあたるのか」という点にあります。
今回は、この経年劣化と原状回復について、国土交通省が発表している原状回復のガイドラインに従って、分かりやすく解説していきます。
目次
1.原状回復のガイドラインについて
2.経年劣化とは?
3.原状回復とは?
4.経年劣化と原状回復の関係
5.経年劣化かどうかチェックしたいところ
6.原状回復費用と敷金の関係性
7.敷金なし物件の退去費用はどうなる?
8.まとめ
原状回復のガイドラインについて
経年劣化と原状回復について説明する前に、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について触れておきましょう。
原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(以下ガイドライン)とは、国土交通省が賃貸物件の退去時における原状回復をめぐるトラブルを未然に防ぐことを目的に、原状回復の費用負担のあり方などをまとめたものです。
現時点で妥当と考えられる一般的な基準を示したものとなるため、法的強制力があるわけではありませんが、退去時の費用負担を考えるときに役に立ちます。
そのためこの記事では、このガイドラインの考えに従って解説していきます。
参考:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン (再改訂版) |国土交通省住宅局
経年劣化とは?
「経年劣化」とは、年月が経つにつれて品質が下がることを言います。たとえば、日光があたると壁や床が色あせたり、風や湿気によってゴムやネジが傷んだりしますよね。こうした時間の経過とともに自然と劣化していくのが、賃貸物件における経年劣化です。
経年劣化とあわせて覚えておきたいのが「通常損耗」です。これは、ベッドやソファなどを置くとできる床やカーペットの凹みや、冷蔵庫やテレビなどの裏にできる壁の電気焼けなど、普通に生活していてもできてしまう傷や汚れのこと。画鋲の穴も通常の使用範囲として、通常損耗に該当します。
ガイドラインでは、これら経年劣化と通常損耗によって発生する修繕費用は、原則として大家さん(貸主)が負担するものとしています。経年劣化と通常損耗分の費用はすでに賃料に含まれている、という考えが基本にあるためです。
ただし、賃貸借契約で原状回復などの特約がある場合は、特約が優先されるため注意が必要です。賃貸借契約書を今一度チェックしてみましょう。
原状回復とは?
賃貸物件を借りると、入居者(借主)には原状回復義務というものが生じます。
原状回復義務とはどういったものなのでしょうか。ガイドラインでは以下のように定めています。
「貸借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、貸借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による消耗・毀損を復旧すること」
つまり、わざと壊したり、不注意で傷をつけたり、掃除を怠ったりしてできた汚れなどは、入居者の使い方に問題があったとみなされ、その修繕費用は入居者が負担するということです。
たとえば、家具を移動させるときにつけてしまった傷、飲みこぼしを放置してできたシミ、掃除をしなかったためにできたバスやトイレの水垢やカビなどです。タバコによる壁の黄ばみや臭いも、自然に着色したものではないとして原状回復の対象に該当します。
ちなみに、画鋲の穴は通常損耗と説明しましたが、クギやネジなど下地ボードの張り替えが必要な穴は原状回復費用を請求される場合があります。
経年劣化と原状回復の関係
では、入居者の過失による傷や汚れがある場合、その原状回復費用は全額支払わなければいけないのでしょうか。契約内容にもよりますが、答えはノーです。原状回復費用は、すでに賃料として支払っている経年劣化と通常損耗分を差し引いて考えるのが基本です。
経年劣化と通常損耗による価値の減少は、内装材や設備の耐久年数と入居年数を踏まえて考え、これをもとに、「退去時の残存価値」を割り出します。
たとえば、部屋の多くを占めるクロス。ガイドラインによると、クロスの耐久年数は6年とされています。
つまり、3年住んだ部屋のクロスの張り替えに10万円かかる場合、クロスの耐久年度は6年なので、居住期間が3年であればクロスの価値は50%となり、入居者が支払う原状回復費用も50%の5万円となります。
ちなみに、その他の設備の耐用年数は、流し台が5年、エアコンは6年、便器やユニットバスなどは15年とされています。
では、耐久年数を超えた設備は、入居者の不注意で破損させてしまっても、工事費用はかからないのでしょうか?
ガイドラインによると、耐久年数を超えたとしても継続して使用可能な設備は、入居者の故意・過失によって工事が必要になった場合、その工事にかかる費用の一部を入居者側も負担する可能性があるとしています。
賃貸物件は、あくまで借りた部屋です。民法では他人の物を借りた場合、一般的・客観的に要求されるレベルの注意を払って使用する「善管注意義務」が生じます。耐久年数にかかわらず、注意を払って使用する義務があることを覚えておきましょう。
経年劣化かどうかチェックしたいところ
部屋の汚れや傷が、経年劣化または通常損耗なのか、それとも原状回復義務の範囲に含まれるのかは気になるところですよね。ここでは、特にチェックしたいところをピックアップしました。
クロス
ポスターやカレンダーなどによる変色や画鋲の穴は、経年劣化および通常損耗の範囲。
エアコンからの水漏れ放置によるカビや、子どもの落書き、タバコやペットによる汚れや臭いは、原状回復義務に含まれるため費用負担が生じるでしょう。
フローリング
ワックスの剥げ落ちや、家具を置いたことによる凹みは、経年劣化および通常損耗の範囲。
椅子を引いてできた擦り傷や、何かを落としてできた深い傷などは原状回復義務に含まれます。
キッチン、バス、トイレなどの水回り
油汚れや水垢・湯垢、カビなど、水回りは汚れが付着しやすい設備です。判断基準は、その汚れが一般的な範囲かどうか。目視して汚れがひどい場合は、入居者負担になるケースが多いです。
仮に入居者負担になった場合、クリーニングで済む程度の汚れであれば費用はそれほどかかりませんが、設備交換が必要な場合は負担額が大きくなるため注意が必要です。普段の掃除とあわせて、退去時の掃除もポイントになるでしょう。
原状回復費用と敷金の関係性
原状回復の費用は、入居時に支払った敷金から差し引かれて支払う仕組みです。敷金より原状回復費用が上回れば追加で請求され、余剰があれば返還されます。
経年劣化や通常損耗だけの場合、ガイドラインにのっとって考えれば、敷金は全額返還されるというのが基本です。しかし、ハウスクリーニング代は入居者負担とする大家さんが多いのも現状です。
前述のとおり、ガイドラインはあくまで基準を示したものであって法的強制力はありません。契約書にハウスクリーニング代の負担について明記されていれば、支払い義務が生じます。
敷金なし物件の退去費用はどうなる?
では、近年増えている敷金礼金なし物件の場合、退去時の費用はどうなるのでしょうか。
この場合は敷金を払っていないため、退去費用は改めて用意する必要があります。契約内容にもよりますが、ハウスクリーニング代に加え、室内消毒代などがかかるケースもあり、相場よりも高めに設定されていることが多いようです。
敷金礼金なし物件は、「入るときは安くても出るときにお金がかかる」と覚えておくとよいでしょう。
以上、賃貸物件における退去時の費用について紹介しました。
原状回復義務にあたるのか否かは主観による判断が大きいもの。退去時の費用をできるだけ抑えたい場合は、契約前に重要事項説明書をしっかり確認しておきましょう。入居後は、借りているものという意識をもって部屋をきれいに使用することが、トラブル回避のコツになるでしょう。
まとめ
・経年劣化や通常損耗による修繕費用は、原則として大家さんが負担する
・故意や過失、清掃を怠ったために生じた修繕費用(原状回復費用)は、入居者が負担する
・原状回復費用は、経年劣化分を差し引いて算出されるのが基本
・国交省のガイドラインはあくまで基準。契約書が優先される
・退去時の費用は敷金から差し引かれる
・普段からこまめに掃除をすることが大切